バングアルディア紙:2018年5月17日掲載
戸嶋靖昌:ウナムーノの「自分とは何者か」を問う日本人の眼差し
オスカル.R.ベンタナ 筆
サラマンカ、5月17日。日本人画家 戸嶋靖昌(1934-2006)の作品が、サラマンカ大学800周年を記念し、作家ミゲール・デ・ウナムーノに捧げる展覧会にて、本日から見ることが出来る。この展示は、ウナムーノの永遠の問い「自分とは何者か?」を反映するような内容となっている。
「制作することは僕にとっては苦しみ以外の何物でもないのです。僕はこれで責任を果たさなければならないのです。だから単なる絵描きではないのです。自分をほじくって、その痛みが幾重にもなって、はじめて僕の業(ごう)に報いられるのです」と、マドリッドに到着して間もなく画家は書いている。
通信社EFEのインタビューに対し、展覧会の学芸員安倍三﨑氏は、戸嶋靖昌はウナムーノの文学に生やその悲劇的感情という観点でとても近しいものを感じていた、それは素朴な人びとの魂を模索した肖像画に多く見られ、この展覧会でそれらの作品を見ることができると答えた。
またその一つに、老女ベルタが挙げられるが、ウナムーノと友好を結んだグラナダの哲学者アンヘル・ガニベットの姪で、予期もしないこの「ミューズ」と知り合った。ゴヤのような筆致ではあるが、この画家のもつもともとの暗い色には、日本の伝統的なものが隠されていると言う。
この展覧会を訪れる方は、明日の5月18日から6月15日まで、サラマンカ大学日西文化センターのいくつかの展示室で、三つの章立て「人びとの信仰」、「魂の風景」、「愛と痛み」に沿って展示を見ることができる。最後の章は、ウナムーノの詩作品「ベラスケスのキリスト」を絵画的に表現したものだ。
サラマンカ大の総長だったウナムーノの文章は、不可能に挑戦し続けた姿勢から「キホーテ」と友人に呼ばれていた画家の作品を補完するものとなる。それはミゲール・デ・セルバンテスを頂点とするスペインの騎士道を代表する伝統と結びついている。
まさに武士道と騎士道の連関は戸嶋が両文化において深めたものであり、また仕事と家族を日本に置いてきた画家は、グラナダやクエンカといったスペインの様々な土地へと誘われた。 …抜粋…
戸嶋靖昌記念館は、東京の中心にあり、執行草舟館長によって運営されているが、運命的に出会った画家と苦しみも喜びも共にし、またウナムーノの著作と思想に対する情熱を共有していた。二人とも1969年から1978年の間に出版された翻訳のウナムーノ著作集によって『生の悲劇的感情』を読んでいるが、日本人的な思想や共通点を見出したという。「ウナムーノはとても日本人的だそうです」と学芸員は答えた。
スペイン大使館と日本大使館、またウナムーノの肖像や資料を提供したウナムーノ記念館、またサラマンカ大学創立800周年を記念し日西文化センターにて、1868年の日本スペイン修好通商航海条約から数え日西外交樹立150周年を記念する学術プログラムの一環としてこの展覧会が行われることとなった。
30年近く戸嶋靖昌が「キホーテ」として過ごしたのだが、知的な文化そして大衆文化のどちらへも沈潜したことは、両国が物理的には遠くとも文学や芸術においては近しいということを根底から示すものである。
「夢を見ながら死ぬこと いや、死ぬことが夢見られるなら 死は夢、虚空へと開く窓 死は夢見ないこと、涅槃 最期の時には永遠が支配する」と、ウナムーノは亡くなる前の最期の詩をつづった。戸嶋は絶筆にこの詩を添えた。ウナムーノも戸嶋も、同じ72歳で亡くなったというのは、もう一つの存在論的な一致なのではなかろうか。