草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • 王陽明『詩集』(偶感)より

    (けい)(うん)漠漠(ばくばく)たり水泠泠(みずれいれい)たり。

    《 渓雲漠漠水泠泠 》

  王陽明の思想は、私の根源を支えている武士道に、汲めども尽きぬ力を注ぎ続けてくれている。その思想は、『伝習録』を読み込むことによって理解することが出来る。また自己の信念のゆえに、命がけの人生を送った多くの人々の生き方の中に見ることが出来る。吉田松陰、西郷隆盛、そして大塩平八郎や頭山満の名を挙げれば充分だろう。一言で言えば、自己の信念に、自分の命をかける生き方そのものの思想化と言えよう。「知行合一」と呼ばれ、人類文明の中枢を貫徹する思想である。
  私はその思想の影響を、強く受けながら育った。私が信ずる『葉隠』を支えている思想でもあるからだ。学問や思想による生き方と死に方を問うことによって、陽明学は輝いて来る。思想と人生が別の人間にとっては、陽明学は無用となろう。陽明学の真の価値は、それを命がけで学び、そして捨て去ることによって作動する。捨てることによって生きて来る学問が、陽明学なのだ。陽明学を大切にし過ぎると、陽明の思想を生かすことが出来ない。つまり、それは「真の思想」と言えるだろう。
  私は中学生のときから、『伝習録』の研究をしている。そして、二十九歳のときにそれを捨てた。捨てた後、陽明の教えを体現するときに、いつでも思い浮かべる言葉がこの言葉なのだ。陽明のもつ男らしさをここに感ずる。陽明のもつ潔さを私はこの言葉に感ずるのだ。自分の生き方が、宇宙とこの地上において、どう在るべきか。私はこの言葉によって毎日それを思い出している。美しい言葉である。崇高を自己に引き付ける力を感ずる。自分と自然が、全く同体であることを感ずる。

2021年9月11日

掲載箇所(執行草舟著作):『友よ』p.74,82
王陽明(1472-1528) 中国、明の哲学者・政治家。様々な官職を歴任、賊の反乱を治めるなどして軍事的、行政的に名声を得る。朱子学を修めるが、思索の末「知行合一」と「致良知」を提唱した。陽明学を創始し、実践哲学の道を開く。『伝習録』等。

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