草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • ベルトルート・ブレヒト『ガリレイの生涯(覚え書き)』より

    野生の象にとって最も残酷な敵は、飼い()らされた象なのだ。

    《 Kein Elefant ein grausamerer Feind der wilden Elefanten als der gezähmte Elefant. 》

 これは文明がもつ、根源的悪徳を表わした思想だと思う。実際に、ここには革命の戯曲家ブレヒトの作品を支える中心思想がある。人間の尊厳を愛する者にとって、権力によって飼い馴らされた者に比する敵もいないだろう。飼い馴らされた者は、自己の生命の鬱屈を自由な生命に生きる者に向けて来るのだ。餌を得る者は、それを拒絶する者を決して許さない。それが、自己の生き方の正統性に突き付けられた棘と成っているからだ。飼い馴らされた者は、自由なものを心の底から憎む。
 現代の権力者は、無限の経済成長だけを志向している。そして、それに都合の良い人間だけを無尽蔵に創り出しているのだ。その手先となって、最も働く者たちがマスコミ人である。多かれ少なかれ、現代人は無限経済成長のためにのみ生存させられている。それを深く自覚することが、自己の生命を生かす根本となる。権力に飼い馴らされた度合が強いほど、独立自尊の生命に対して激しく憤る。だから、独自の道を歩む者は、この方程式に習熟する必要があるのだ。
 私は武士道だけで生きて来た。それは現行の権力と対立するものだった。武士道の独立性と孤高性が、消費文明から見て許すことが出来ないのだ。私はその中を生き抜いて来た。それも、何一つ妥協することなく今日までやって来た。その根本は、もちろん死にもの狂いの体当たりしかなかった。そして加うるに、読書を通しての権力者とそれに阿る者たちの研究を欠かさなかったことだろう。私は権力者と飼い馴らされた者たちのど真ん中を、まっすぐに突っ切って来たのだ。その知恵と戦いは、私の唯一の自慢となっている。

2020年6月15日

ベルトルート・ブレヒト(1898-1956) ドイツの劇作家・詩人。ミュンヘン大学時代から劇作家として活躍。従来の感情移入型ではなく、客観性、批判的精神を重視した叙事的演劇を確立。演劇に新たな風を吹き込んだ。『三文オペラ』、『ガリレイの生涯』等。

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