戸嶋靖昌は、ひとつの直接性である。文明を突き抜け、それをえぐり、つんざいて進む。いつの日も、己が運命に抗うことが、その芸術を支えていた。画伯の精神が、永遠と交叉した時、そこには、いつでも「ある哀しみ」が現成されていた。生ききるために、戸嶋は自らが持つ不屈の魂を抱き締めていたのだ。運命の女神が、この芸術家にほほえみかけたのであろう。だからこそ、戸嶋自身の持つ野蛮性が哭きいさちる聖性を生みだしたのである。その涙は、深い痕跡として画布を刻んでいる。生きながら死に、死にながら生きた。そして何よりも、全てを捨てて、ひたすらに芸術と対決し続けた。その七十二年の生涯は「魅せられたる魂」―L’âme enchantèe(ラーム・アンシャンテ)という言葉が最もふさわしいに違いない。