草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • 十字架の聖ヨハネ(サン・フアン・デ・ラ・クルス)『カルメル山頂への道』より

    お前の知らぬものに到達するために、
    お前の知らぬ道を()かねばならぬ。

    《 Para venir a lo que no sabes, has de ir por donde no sabes. 》

 この言葉を知ったとき、私は二十歳だった。それは苦悩と渇望に覆われた時間だった。それを青春と呼ぶならば、多分、その軸心に私はいたのだろう。私は独りの人間として生きたかった。つまり、本当の生命として死にたかったということである。私は、自己固有の武士道を確立しようともがいていたのだ。「死に狂い」と「忍ぶ恋」、そして「未完」を自己の生き方にすべく喘いでいた。生き方とは死に方に他ならない。それを私は決定しようとしていた。目に見えぬ恐れが、私を苛んでいた。
 そのような時期に、私はこの言葉に出会ったのだ。それは天啓だった。神の恩寵だと直感した。私はT.S.エリオットの『四つの四重奏』を読んでいた。そこに、この偉大な言葉が引用されていたのだ。そのくだりは、私にとって神に射られた実存となった。この言葉によって、私は私の思想の根幹である「ただ独りで生き、ただ独りで死ぬ」という確信を摑んだのである。死ぬほどの苦しみが氷解し、私は自己固有の運命に向かって突進する覚悟が据わった。
 私は、自分だけがもつ運命の秘密を摑んだと思った。自分の生命に本当の勇気が与えられた。その勇気が、運命の秘密を仰ぎ見る思想を私に与えてくれたのだ。この言葉に触れるまで、私は運命の暗黒を恐れる気持を持っていたのだろう。それが吹き飛んだ。私は自分自身も知らない、私だけの運命を目指して生きる。それがたとえ何であれ、私は私自身の運命を愛する心が芽生えた。そのためには、私は誰も知らない道を歩まねばならない。

2019年6月3日

掲載箇所(執行草舟著作):『「憧れ」の思想』p.143、『孤高のリアリズム』p.1
十字架の聖ヨハネ(サン・フアン・デ・ラ・クルス)(1542-1591) スペインのカトリック神秘家・詩人・聖人。アビラのテレサと共にカルメル会を改革。キリスト教神秘思想の著作で知られ、神と合一していく魂の過程を描いた『暗夜』や『霊の讃歌』等の代表作がある。

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