草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • ホルヘ・ルイス・ボルヘス『創造者』より

    一人の人間の夢は、万人の記憶の一部なのだ。

    《 El sueño de uno es parte de la memoria de todos. 》

  私の憧れは、人類の憧れである。私はそう思っている。そう信じて生きている。私は多くの先人たちの魂と語り続けて来た。その魂が叫ぶ声の響きに、心を震わせて来たのだ。人類がこの地上に誕生して以来、この地上に生きた人々に思いを馳せている。その人たちの魂の声を、私は必ず聴き取る決心で生きている。だから、私の憧れは人類の憧れなのだ。人類が憧れた「何ものか」を、私の魂が担っているに違いない。私は私ではない。私は人類の憧れの使徒なのだ。
  私がボルヘスと出会ったのは、二十代だった。ボルヘスの文学は、私の魂を撃砕するだけの力を持っていた。ボルヘスは、人類の理想を生きようとしていたのだ。その心情が私の魂を摑んだ。人類の憧れを担うために、ボルヘスは祖国を愛した。祖国を愛するために、家族を死ぬほどに愛したのだ。同じ本の中で、ボルヘスは「祖国よ、私はおまえを感じるのだ」と言っている。この件に来て、私は冒頭の一文の全貌を摑んだと思っている。宇宙的使命は、足下から始まるのだ。
  ボルヘスの文学は宇宙的である。しかし、ボルヘスはこの地上に根を張っているのだ。宇宙の力を、生活の中に落とし込んでいる。非日常を、日常と化してしまう。その運命の回転軸に、自己の生命がある。私はボルヘスの魂と同化する決意で生きた。そしてある程度それに成功したと思っている。冒頭の言葉は、ボルヘスが他者の魂を通じて自身を語った言葉だ。それはまた、私の人生を語ってくれたことに通ずる。すべての人の憧れは、人類の憧れの結晶に他ならない。

2021年6月7日

ホルヘ・ルイス・ボルヘス(1899-1986) アルゼンチンの詩人・小説家。教養の高い裕福な家庭に生まれる。青年時代にスイス、スペインに滞在し前衛思想に強く影響を受ける。帰国後、積極的な創作活動を開始し、幻想的作風で形而上学的テーマを追究した。『ブエノスアイレスの熱狂』、『伝奇集』等。

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