草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • イヴァン・ツルゲーネフ『初恋』より

    わたしの「情熱」は、その日から始まった。

  ツルゲーネフは、いつの日も私と共に歩んでくれる作家のひとりだった。その悲哀は、崩れ行く武士道に身を捧げていた私を慰めてくれた。滅び去るものの中に、自己を打ち立てようとするとき、ツルゲーネフのもつ悲哀は魂に響き渡る。その文学の中に、私は運命の躍動を見ていた。そして運命の悲劇性を感じていたのだ。運命を受け止めるその勇気に、私は自己の人生を重ねていた。最晩年の『煙』の中に「偶然が、全能の力をもつ」という言葉を見たとき、私はこの作家の真の勇気を感じたのだ。
  冒頭の言葉に、私は自己の初恋とその情熱を感じていた。この言葉に続いて、「わたしの悩みもその日から始まった」と語られる。初恋の苦悩を経験した者にとって、この件は忘れることが出来ないのだ。青春の情熱は、堪えることの出来ぬ苦悩をもたらした。その情熱と苦悩だけが、私の思春期を形成したのかもしれない。それに耐えるために、私は死ぬほどの読書と吶喊を繰り返した。そして敗北を嚙み締めるだけの日々を送った。その苦悩が、私に一つの思想を確立せしめた。
  それが、初心ということである。死ぬほどの情熱が、忘れ得ぬ初心を己れの魂に打ち込んでくれる。初心だけが、人生にあらゆる思想を打ち立てる力をもつ。初心をどう摑むか。そして、その初心をどう貫くか。そこに、自己固有の人生が隠されているのではないか。私は無限の体当たりを通じてそれを得たように思っている。私は自己の初恋を経て、初心という情熱を持ち続けることが出来るようになった。七十一才の今でも、十七才の初恋を鮮やかに思い出すことが出来るのだ。青春が続いて行く。

2022年1月8日

イヴァン・ツルゲーネフ(1818-1883) ロシアの小説家・劇作家。貴族の家に生まれ、青年期に多くの若い進歩的知識人と交流。当時のロシアの思想的傾向と諸々の問題を反映した作品を多く発表した。代表作に『猟人日記』、『父と子』等がある。

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