草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • プロスペル・メーリメ『マテオ・ファルコーネ』より

    情けないことをしやがって!

    《 Malédiction ! 》

  この短編小説は、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』と並んで、私の人生に決して消えぬ刻印を捺した。それは、この主人公マテオの人生が、武士道の極点を示していたからに他ならない。到達不能の崇高性を私は感じたのである。いかなる悲哀が、またいかなる絶望が、これほどの凄絶な人生を可能としたのか。コルシカ島の実話に取材したこの文学に、私の葉隠精神は打ちひしがれたのだ。ただ一度の卑怯な裏切り行為をもって、命よりも大切な息子を殺した父親の物語が綴られていた。
  この宇宙的真実は、私の武士道の前に突き立てられた剣である。真の人類がもつ、最大の崇高性を私はここに感じているのだ。この生の実存の前に立てば、自己の何と卑小なことか。情けないことを嫌う精神が、人間の魂を築き上げて来た。その精華が大宗教であり、また騎士道と武士道を生み出したと思っている。そして、私はその武士道に自己の人生と命を捧げているのだ。しかし、その道は果てしなく険しいものだった。到達不能の憧れが、遠く煌めいていた。
  武士道とは、実は簡単なことなのかもしれない。それは、情けないことを拒絶する精神によって成り立つ。しかし、その簡単なことに、何と果てしない道程があるのか。マテオと比べ、この私は何と卑小な魂か。情けないことを嫌う生き方の真髄を、私は小学校五年のときに知ったのだ。それが出来るか、出来ないかは私自身に向けられた命題である。どうなるか分からぬが、私は心の底からこのマテオ・ファルコーネを尊敬しているのだ。マテオの言葉は、私の心に毎日突き刺さって来る。

2022年1月29日

プロスペル・メーリメ(1803-1870) フランスの作家。法学を学び、官史、史跡監督官となるが傍らで作品を発表し成功を収める。異国情緒と歴史性にあふれるロマンチックな作品を古典的な端正さで描いた。代表作に『マテオ・ファルコーネ』、『カルメン』等、またツルゲーネフやプーシキンの仏語翻訳家としても知られる。

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