草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • エドマンド・スペンサー『詩集』(祝婚礼前歌)より

    (うる)わしのテームズ、静かに流れよ、わが歌の終わるまで。

    《 Sweet Thames, run softly, till I end my Song. 》

  エドマンド・スペンサーは、あのシェークスピアと同時代を生きた詩人である。私はスペンサーの詩を、高校生のときから深く愛しているのだ。その『妖精の女王』は、ジョン・ミルトンの『失楽園』と並んで、私の最も感銘する英国文学となっている。近代に突入する前の、英国の精気が漲っているのだ。『妖精の女王』は、高貴と野蛮が交錯するアングロ・サクソンの崇高が殷々と謳われる。血湧き肉躍る大叙事詩と言えよう。スペンサーの中には、英国の最も深いロマンティシズムがある。
  冒頭の言葉は、そのロマンティシズムが生み出した、永遠に繋がる歌声なのである。今でも、多くの英国人がこのリフレインを英国の誇りと感じているのだ。英国における二十世紀最大の詩人T・S・エリオットは、その革命の詩集『荒地』の第三部に、この詩行を引用していた。ロマンティシズムとは、人間の魂が永遠と繋がろうとして放つ悲哀の電光である。その悲哀を、私はこの詩行に深く感ずるのだ。自分の魂とこの地上が結び付く、その悲哀を詩人は謳い上げる。
  私はこの歌声から、自己の永遠を想い浮かべるのだ。到達不能の憧れに向かう自分の人生を、私はこの詩行の中に感じている。この歌が私の座右にある限り、私のすべての苦悩は、美しいこの地上に向かって開放されるのだ。アングロ・サクソンの魂がいたように、私の魂もまた未来へ向かって哭き叫ぶだろう。永遠とは、美しさの中から生まれる真の希望だ。美しきものがある限り、我々を生み出した悲哀はロマンティシズムとなって降り注ぐ。我々はその涙を受けて、人間の誇りを取り戻すのだ。

2022年10月8日

エドマンド・スペンサー(1552頃-1599) イギリスの詩人。エリザベス1世の時代に活躍した。大学在学中から詩作をしていたが、レスター伯の知遇を受け、その後、行政官としてアイルランドへ渡る。イングランドでの官職は得られなかったが、生涯文筆を続けた。代表作に『妖精の女王』、『祝婚歌』等がある。

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