草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • 堀田善衛『方丈記私記』より

    人間存在というものの根源的な無責任さ。

  人間が築き上げた、この文明の最大の敵とは何だろうか。私はずっとそのことを考え続けて来た。思春期に始まり、老年期に至るいまも、それを考え続けて生きている。それを考えること自体が、人間であることの義務だと思っているのだ。経済至上主義・科学礼讃・物質崇拝など、その問題は途切れることがない。しかしその最大のものは、我々が自分たちの無責任さを自覚していないことではないだろうか。大学生で読んだ本書は、その考え方を私に初めて気付かせてくれたのだ。
  無責任さを自覚しないことが、自らの文明を滅ぼすことに繋がる。堀田善衛は、昭和二十年三月十日の東京大空襲の体験から、その思想を語りかけてくれた。冒頭の言葉は、東京大空襲を体験したときの堀田の実感である。それだけに衝撃は強い。そして、「死ぬのは、その他者であって自分ではない」と認識していた自己を分析している。堀田の良心はその心情を抱く自己について「人間は、他の人間の不幸についてなんの責任もとれぬ」と書いているのだ。阿鼻叫喚の真っ只中で、堀田は人間の本質を見ていた。
  堀田の実感は、私の文明論を考える中枢に位置することとなった。我々は、自己の本質を創る無責任さを自覚しなければならない。その自覚さえあれば、我々は人間の限界をも知ることが出来るだろう。そして、人間の築き上げた文明を維持できるに違いない。我々人類の行く末が、我々の本質を創る無責任さにかかっていることを私は感じた。それは悲しいことだった。しかし私は、人間の発祥が「悲哀の谷」から来たことを思い出した。人間は元々悲しいものなのだ。

2022年10月1日

掲載箇所(執行草舟著作):『根源へ』p.378,467
堀田善衛(1918-1998) 小説家、評論家。国際文化振興会の任務で中国に派遣され、敗戦前後の状況を体験。帰国後、本格的に執筆活動に入り、『広場の孤独』で芥川賞を受賞。インド、アフリカ、中国、スペイン等を歴訪、国際的な視点から社会性を付した新しい文学の領域を切り拓いた。『方丈記私記』、『ゴヤ』等。

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