執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。
いまひとたびの春、やがて涙のように逃げて行くだろう。
《 Encore un printemps, — et qui s'en échappera comme une larme! 》
思い出だけが、人生を創り上げている。思い出として過ぎ去った、あの時間だけが私を支えているのだ。運命の過酷が、美しい思い出と化したとき、私はまた生まれる。春の到来を願って、人間は生き続けることが出来る。故郷の温もりを抱いて、人間は生き続けているのだ。その温もりの記憶が、私を立たしめている。そして、その温もりこそが新たな運命を求めて、私を旅立たせる。いまひとたびの春を求めて、私は荒野を進む。どこまでも、進むのである。
遠く煌めく憧れを目指して、私は進み行く。自己の実存が願う、大いなる運命に向かって進んで行くのだ。荒野にそびえ立つ自己の運命こそは、私を真の故郷へと誘っているに違いない。それは、決して摑むことの出来ぬものかもしれない。それはまた、摑むほどに逃げ去ってしまうものかもしれない。しかし、私はそれに向かわなければならないのだ。私が故郷の幸福を忘れない限り、私は憧れを目指し続けていくことになるだろう。
憧れとは、逃げ去るものである。逃げ去らぬ憧れは、本当の憧れではない。人間の涙のように、憧れは逃げ去って行く。人間の真心から滴るあの涙のように、我々の憧れは逃げ去るのだ。しかし、それによって私は本当の人生を生き切ることが出来るだろう。逃げ去らぬ憧れを摑んだ者は、人生を失う。我々は故郷を去って、この世に来たのだ。この世は、旅である。旅にあって、故郷を偲ぶ。それが私の人生を創っている。思い出は、すべてが故郷に繋がる。だから、それは美しい。
2019年11月2日
掲載箇所(執行草舟著作):『孤高のリアリズム』p.190