草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • ミゲール・デ・セルバンテス『ドン・キホーテ』より

    私は、自分が何者であるか分かっている!

    《 ¡ Yo sé quién soy ! 》

 そう言い切れることが、人間にとって最も大切なことだと思っている。そう言い切るには、そのような生き方が必要なのだ。そして、そのような死に様を想い描けなければならない。垂直な一本の軸によって貫かれた、自らの生が問われる。毎日毎日、毎朝毎夕、自己自身の人生を歩まなければ、このように言うことは出来ない。自分の魂で、自分だけの生を生きていなければならない。その積み重ねだけが、この認識に至る人生を与えてくれるのだ。
 善か悪か、ではない。幸か不幸か、でもない。ましてや、成功・不成功、地位・財産などは全く関係がないのだ。そんなものは、塵芥にもならない。自分の生き方が貫かれるかどうかの問題だけである。自己の気持や肉体なども全く関係ない。自己の魂が、自己の生存を愛し続けることが出来るか出来ないかなのだ。そして魂が創り上げる、自己の運命を愛することが出来るか出来ないか。問題は、それだけに尽きる。運命を愛し、運命に魂を明け渡した者が至る境地と言えよう。
 世界文学としての『ドン・キホーテ』の魅力は、キホーテ自らが言う冒頭の台詞の中に、そのすべてがある。この言葉は、人間の燃焼のすべてを表わしている。西洋の騎士道の本源を示してもいる。もちろん、日本の武士道の核心を言い当てた思想とも言えるのだ。つまり「運命への愛」。私は、この思想のために生きている。この思想を抱いて老いるつもりである。私は、こう言い切れる自分であるためだけに生存する。それ以外は、何も興味がない。そして、それだけで死ぬ。

2020年5月25日

ミゲール・デ・セルバンテス(1547-1616) スペインの作家。スペイン、イタリアの各地を転々としたのち、奴隷生活・入獄など波乱万丈の生涯を送りながら、想像力と才知に富んだ作品を創造した。『ドン・キホーテ』は、近代小説の先駆として世界を代表する文学。ほか『模範小説集』等。

ページトップへ