草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • 丸山真男『日本の思想』(岩波新書)より

    マルクスが、「私はマルクス主義者ではない」と言った…

    《 Ich bin kein Marxist ! 》 「」内の原文。

  私は中学生のときに、この丸山真男の『日本の思想』を読んだ。その感激は今も忘れない。私はこの本によって、日本の武士道を近代化するための哲学概念の基礎を得たのだ。その弁証法哲学は、今も私の強い思想となっている。そして、その本の中でも、私は冒頭の言葉に最も激しい衝撃を受けたのである。当時マルクス理論は、最も多くの信奉者を持つ哲学だった。私は、それと戦うための読書を、死にもの狂いで行なっていたのだ。そこに、この碩学の文章が来た。
  この言葉は、私の生存を揺がすほどの意味があった。すぐにその出典を調べた。それはマルクスの親友エンゲルスが、カール・シュミットへ送った手紙の中に確実にあったのだ。私は狂喜した。そして、自分自身が何度も経験したことのないほどの、精神的飛躍を遂げたのだ。あのマルクス哲学を築き上げた天才が、自分はその「主義者」ではないと言っていたのだ。私はマルクスが、なぜあれほどの唯物論を構築できたのかを即座に理解した。そしてその自由な精神の躍動を、私は自己に引き付けることが出来たのだ。
  私はマルクス主義者を憎んでいた。それは「主義者」が持つ独特の偏狭性であった。マルクスの理論そのものではなかったのだ。マルクスの学者としての実像を知るに及んで、私の思想は自由を得たのである。私の武士道が、生命の哲学に飛躍できるきっかけが出来上がった。私はマルクスの言葉によって、武士道に凝り固っていた自己から解放されたのだ。大嫌いだったマルクスが、私に自由を与えてくれた。本当に、この世は何も分からない。私の武士道は、未来をその射程に捉えたのだ。

2020年7月6日

丸山真男(1914-1996) 政治思想学者。日本型ファシズムと天皇制国家を論じ、戦前の日本の政治構造や精神風土を分析。『日本政治思想史研究』で思想史における新しい研究方法を打ち出し、戦後の論壇を主導した。ほか『日本の思想』、『現代政治の思想と行動』等。

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