草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • ウィルヘルム・フルトヴェングラー『音と言葉』より

    すべて偉大なものは単純である。

    《 Alles Große ist einfach. 》

  私の青春は、ベートーヴェンの音楽と共にあった。その音楽のゆえに苦しみ、またその同じ音楽によって救われて来たのだ。ベートーヴェンの演奏に対面しない日はなかった。タンノイのスピーカーの前で、私はいつでも正座していた。正座せずに、その音楽に接することは出来なかった。ピアノはW・バックハウスが好きだった。ヴァイオリンはF・クライスラーだ。そして指揮者は、何と言ってもブルーノ・ワルターとウィルヘルム・フルトヴェングラーを措いて他になかった。
  倦むことを知らずに、私は聴き続けた。そして偉大なその楽譜の中に、宇宙の根源的実在を見ていた。楽譜を読むことは、私にとって重大な読書だった。そこには、宇宙の振動が満ち満ちていたのだ。そのような日々、私は楽譜の深淵を穿つ ために、フルトヴェングラーの著作『音と言葉』とワルターの『主題と変奏』を読んだのだ。この二つは、偉大な楽譜の数々を私の魂に落とし込んでくれた。それは革命的な体験だった。
  二人の巨匠のもつ熱情が、無限弁証法のうねりとなって私の魂を襲ったのだ。この時から、私の中では理解できぬ音楽は無くなった。二人の魂と、その解析的分解としての楽譜の力が、音楽を思想化してくれたのである。私の音楽観は、この二人の言葉の数々によって思想的豊かさを享受したのだ。その核心の言葉の一つが、冒頭を飾るものだ。私は、このフルトヴェングラーの思想によって、あらゆる音楽を一篇の詩と成す力を得たのである。そして、音楽が私の熱情を創造するものと化したのだ。

2021年2月15日

掲載箇所(執行草舟著作):『孤高のリアリズム』p.202
ウィルヘルム・フルトヴェングラー(1886-1954) ドイツの指揮者・作曲家。20世紀を代表する指揮者の一人。強固で深い精神性を特徴とし、その徹底した作品解釈で人々を魅了、ベートーヴェン、ワーグナーなどの名演で知られる。戦後は演奏旅行で各地をよく回った。

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