執行草舟の生涯を写真で辿ることのできる「執行草舟写真館」のページへようこそ。執行草舟の前半生を纏めた自著『おゝポポイ!』(PHP研究所)にも収録していない、未公開のエピソードや写真も多数お楽しみ頂けます。前半生をまずはご紹介し、36歳以降の写真館は、またの更新をお楽しみにお待ちください。

写真をクリックすると拡大され、当時のエピソードが楽しめます。

執行草舟写真館

  • 祖父・執行弘道(父方)
  • 祖父・早野小三樹(母方)
  • 父・執行一平
  • 母・早野千鶴子
  • 1950年(0歳)、誕生。
  • 1953年(3歳)、兄・大輔(6歳)とともに。
  • 1953年(3歳)、母(27歳)と茅ヶ崎にて。
  • 1954年(4歳)、茅ヶ崎の海で流される。前列右端。
  • 1957年(7歳)、国立第一病院に入院。
  • 1957年(7歳)、宮崎龍介・柳原白蓮に可愛がられる。
  • 1958年(8歳)、立教小学校入学式にて。
  • 1958年(8歳)、画家・林武と出会う。「薔薇」林武 画、執行草舟コレクション
  • 1958年(8歳)~1961年(11歳)、病気の副作用に苦しむ。左から二番目:小学校1年生(8歳)の頃、立教小学校同級生と。
  • 1958年(8歳)、兼高かおるに可愛がられる。テレビ番組「世界の旅」の表彰式にて、父と兼高かおる。
  • 1960年(10歳)、イタズラしかしなかった。
  • 1962年(12歳)、ジャングルジムから落ちて頭を真っ二つに割る大けがを負う。
  • 1963(13歳)、喧嘩しかしなかった。
  • 1963年(13歳)、小学校一年から習っていたヴァイオリンを辞める。一番右:ヴァイオリンを習い始めた8歳の頃。
  • 1964年(14歳)、香港・マカオ旅行、母、兄とともに。
  • 1964年(14歳)、斎藤正夫に出会う。
  • 1964(14歳)~1967年(17歳)、斎藤正夫による撮影で中学一年の頃、河口湖写生旅行にて。
  • 1966年(16歳)、三島由紀夫と出会う。三島から直接もらった「夏日烈烈」の書。
  • 1967年(17歳)、高校一年で初恋に落ちる。高校入学直前の東北の修学旅行にて。
  • 1968年(18歳)、八ヶ岳の山荘にて、三島由紀夫と語る。
  • 1969年(19歳)、トインビーの『歴史の研究』で目をつぶす。
  • 1969年(19歳)、立教大学、法学部に入学。写真は立教大学本館モリス館。米国聖公会宣教師アーサー・ラザフォード・モリスの寄付により建立。
  • 1969年(19歳)、SP1万枚、LP2千枚!レコードコンサートを開く。
  • 1970年(20歳)、1972年(22歳)、千葉県富浦海岸で友人たちと海の家を経営し、ボロ儲けする。左が祐輔。
  • 1973年(23歳)、森有正と交流する。
  • 1974年(24歳)、大正海上火災就職、派遣された宇都宮支店にて。その後、すぐ会社を辞める。
  • 1975年(24歳)、神奈川県の三崎向ヶ崎にある三崎船舶工業㈱に勤め始める。写真は三崎船舶工業㈱社長の平井顕。
  • 1975年(25歳)、ドッグハウスに暮らす。写真は三崎船舶工業㈱の社屋内にて。
  • 1975年(25歳)、三崎の親分・悪漢政に出会う。
  • 1976年(26歳)、統一ベトナムの新造船の仕事に携わる。写真は清水から横浜に回航した汽帆船。
  • 1977年(27歳)、テキサス州ダラスへ行く。テキサスからメキシコまで車で旅行をした時、メキシコ・ヌエボ・ラレードで仲良しになった友人のお嬢さん。
  • 1977年(27歳)、立教大の留学センターでキリスト教学科の大学院の女子学生に一目惚れし、大恋愛に至る。
  • 1978年(28歳)、城ヶ島で自決を決意、失敗に終わる。三崎船舶工業㈱の屋上にて、城ヶ島大橋を臨んで。
  • 1979年(29歳)、目黒不動に日参し始める。日参をしていた頃。
  • 1981年(30歳)、お見合いで結婚が決まる。妻・充子と出会う。
  • 1981年、熊野古道への新婚旅行にて。祐輔30歳、充子25歳。
  • 1981年(31歳)、個人研究として発酵菌及び食物関連について実地研究を開始。『内村鑑三全集』により「絶対負」という生命の根幹思想が構築される。写真は尊敬する内村鑑三。
  • 1983年(33歳)、娘・真由美が生まれ、まもなく妻・充子が亡くなる。
  • 1984年(33歳)、バイオテック株式会社を設立する。
  • 1986年(36歳)、製造部門の日本生物科学を設立する。

※36歳以降の後半生はまたの更新までお待ちください。

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