草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • アラン『定義集』より

    魂とは、肉体を拒絶する何ものかである。

    《 L'âme c'est ce qui refuse le corps. 》

 アランは、私に「哲学とは何か」を教えてくれた人物である。その哲学は、勇気に貫かれている。独立する精神が醸し出す、ひとつの崇高と言えるものだろう。高貴の香りが漂うその思想は、また信念のゆえに自己の命を投げ捨てるような男の矜持に支えられているのだ。哲学の中に、ひとつの騎士道が貫かれている。その騎士道に、私の魂は打ち震えた。フランス最高のエリートだったアランは、自ら進んで一兵卒と成って、第一次大戦のあの塹壕戦を戦い抜いた。
 アランは、兵卒として一歩も退かずに戦った。一言の弱音も吐かずに、この碩学は泥に塗れたのだ。戦争が終わったとき、アランは砲弾によって片方の鼓膜を破られていた。その戦中をも含めて、アランは週に一度の新聞論説を五十年以上に亘って続けた。一度も休むことなく、アランの魂は活字に写され続けたのだ。その持続する時間は、アランがもつ真の誇りから生まれていたに違いない。この世に唯ひとつしかない自己の生命に対する誇りが、アランを駆り立てていたのだろう。
 このような人物が、魂をこう定義していたのだ。自分の肉体を許さない何ものか。自分の臆病を許さない何ものか。逃げようとする自分を叩きのめす何ものか。目に見えないが、それが自己だと言える何ものかである。動物としての人間を許さないもの。それが魂なのである。魂とは、宇宙の深奥から自分に与えられた真の恩寵なのだ。それが生きることを人生と言う。それを乗せているものを肉体と呼ぶ。それを失うくらいなら、肉体などは乗り捨てなければならない。

2019年5月20日

掲載箇所(執行草舟著作):『根源へ』p.144,170、『「憧れ」の思想』p.31、『魂の燃焼へ』p.59、『夏日烈烈』p.416、『生命の理念Ⅰ』p.111、『孤高のリアリズム』p.199、『憂国の芸術』p.161、『耆に学ぶ』p.72
アラン(1868-1951) フランスの哲学者・評論家。名門校エコール・ノルマル・シュペリウールを卒業。リセで哲学教授として教鞭を執った。第一次世界大戦時には自ら志願兵となり、危険な前線に従軍した。『幸福論』、『定義集』等を著し、フランスの思想に大きな影響を与えた。

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