草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • テルトゥリアヌス「箴言」

    不合理ゆえに我れ信ず

    《 Credo, quia absurdum. 》

 私は武士道を愛している。何故か。それが不合理だからである。武士道では、すべてが矛盾している。その矛盾を抱き締めて、その中に呻吟することが武士道を深めることに繋がる。解決することは、一つもない。辻褄が合うことも、一つもない。1+1は決して2にはならないのだ。その生きている肉に、人間は苦悩し続ける。その生きている骨に、我々は悲痛を感ずるのである。だからこそ、我々は憧れに生きることが出来る。我々の生命は、美しいものを仰ぎ見ようとするのだ。
 不合理が、我々の生命を鍛える。我々の運命を鍛えてくれる。それは、不合理がこの世の唯一の真実だからなのだ。不合理には、誠実がある。自己を飾らない真実がある。不合理なものは、むき出しの熱情をもつ。あのローマ帝国において、テルトゥリアヌスはそのキリスト教をこう言ったのである。合理と打算によって滅びようとする帝国にあって、こう叫んだのだ。その当時、真実に生きる人々は、原始キリスト教団の人たちだけだった。真面目な者は、その人々だけだった。
 私は不合理の中を生き続けた。そして、この言葉に出会ったのだ。魂が震撼したと言ってもいい。愛の無常に私は哭き濡れていた。武士道の暗黒に私は苛まれていたのだ。それが、この原始キリスト教の思想によって救われたのである。不合理だから信ずることが出来るのだというこの思想は、私の脳髄を撃砕した。私の、不合理を愛する運命が立ち上がった。

2019年6月24日

掲載箇所(執行草舟著作):『根源へ』p.39, 259, 404、『魂の燃焼へ』p.191、『夏日烈烈』p.469、『耆に学ぶ』p.47
テルトゥリアヌス(160頃-222頃) キリスト教神学者・初期のラテン教父の一人。カルタゴ生まれ。ローマで法律家として働いていたが、キリスト教に回心。帰国して自身の生涯を教会に捧げ、キリスト教教理の形成に重大な影響を与えた。著作に『護教論』、『キリストの肉について』等がある。

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