草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • サミュエル・コールリッジ「クーブラ・カーン、あるいは夢で見た幻想」より

    明日はもっと美しい歌をうたおう。

  未来への決意が、人類の歴史を刻んで来た。人間はあらゆる悲惨を乗り越えて、今日に至ったのだ。その歴史の悲痛を嚙み締めることが、現在を生きるすべてを創っている。だから、現在とは過去の現実化とも言えよう。我々の中に、現在という時間はない。我々が現在と認識するものは、未来への希望だけなのだ。それ以外の事実は、すべて過去に過ぎない。未来のためだけに、我々はいま生きているのだ。未来がなければ、いまの我々の生もまたない。その未来が、いま揺らいでいる。
  現代の悲劇は、いまの幸福を追い求めることにある。無いものを求める虚無主義が、我々の心を蝕んでいるのだ。つまり、いまの我々には未来は何も与えられていないのである。それが、幻影の幸福に縋る生き方を生んでいる。未来だけが、人間の生を育んで来たことを思い出さなければならない。その未来を、自分の力で取り返す。現代とは、国家が未来を消滅させた時代なのだ。自分の運命を愛することによって、その未来は再び出現する。宇宙と直結する我々の運命の先に、真の未来がある。
  いまは、まだ何もないのだ。しかし自己の運命の先には「美しい歌」がある。コールリッジの幻想を、私は真実だと確信している。私は未来への夢を、この詩人によって得たのだ。それは人類のもつ混沌の深淵から生まれた歌だった。苦悩だけによって生きたこの天才が、もっと美しい歌に出会うことを願って生きていた。私はここに人間の原点を見た。涙とともに、私は人類の未来という観念をこの言葉によって摑んだのだ。

2021年7月17日

サミュエル・コールリッジ(1772-1834) イギリスの詩人・批評家。ロマン主義復興の先駆として、ワーズワースと共著『抒情民謡集』を刊行。超自然かつ幻想的な作風で知られる。また、ドイツ観念論哲学をイギリスに紹介した。「老水夫の歌」、『文学的自伝』等。

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