執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。
しかし生きた有機体までを含む自然科学の中に、
意識は場所を持つべきだ。
私は大学二年だった。その年のある時期、私は業病の再発によって生死の境をさ迷ったのだ。その奇跡の回復の後、私は人間のもつ「意識」が、多くの物質の中にも存在し得ることを死の体験から得ていた。それは、自己の意識が他のものに移行した経験を踏まえてのものだった。その病気の前後、私は量子力学の思想に惹き付けられ、特にハイゼンベルクを研究していた。多くの論文を読みながら、ハイゼンベルクの人となりを知るために、当時は英訳しか出版されていなかった本書を読んだのだ。
そしてこの件にぶつかり、驚愕したのである。ハイゼンベルクは、その量子力学の射程を意識の分野にまで広げていた。冒頭の言葉に続いて「それは実在だからだ」という文があった。私は自己の量子力学観を、すでに見透かされているように感じて驚いた記憶がある。それと同時に、私の意識論について強い後押しの力を感じていた。二十世紀最大の物理学者が、私の意識論を物理的に応援してくれたように、私には思えたのだ。その嬉しさが、私の汎意識論の基準とも成った。
意識の根源は魂である。それは、あらゆる物質を貫徹する宇宙エネルギーとも言えよう。我々はそのエネルギーを肉体に受け、人間としての意識を屹立せしめている。しかし、そのエネルギーは人間だけのものではないのだ。そのエネルギーを生かすことが出来るあらゆるものが、意識をもつ可能性を有している。我々人間は、人間に与えられた宇宙的使命のゆえに人間として歩んで来た。その意識が、我々の歴史を創ったのだ。それを忘れたとき、我々の終焉は静かにやって来るに違いない。
2021年7月31日