草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • カール・ヒルティ『眠られぬ夜のために』より

    つねに大思想に生き、瑣末の事柄を軽視する慣わしを持て。

    《 Suche beständig in großen Gedanken zu leben
    und das Kleinliche zu verachten. 》

  大思想は、私の人生を貫く柱である。私自身の大思想は、もちろん『葉隠』の武士道を措いて他にない。大思想だけが、人間の生を立てる力を持っている。自己の中に、大思想を立てなければ、自己本来の人生を全うすることは出来ない。大思想のためだけに生き、大思想のゆえに死するのである。その覚悟だけが、人間の燃焼を支えてくれる。大思想の根本は、真の愛と正義を地上にもたらすことにある。偽善を捨て、文字通り、大思想をそのままに生きる決意を言っているのだ。
  過去には、大宗教がそれだった。そして先祖崇拝と大家族制度もまたそれに入るだろう。それらが生み出した生き方、つまり騎士道や武士道がその展開と言える。私は運良く、この人類的な大思想の末端に連なる生き方をして来た。それは偶然だった。私は無条件に、何ものかを信ずる力に恵まれていたのだと思っている。信じたものが、『葉隠』だったというのが私である。その信のほかは、私には何もない。しかし、その信ずるものが、大思想となったことが私に力を与えてくれた。
  大思想に生きれば、人生のことはすべてどうにでもなる。ならなければ、死ねばいいのだ。瑣末の事柄とは、現世的な価値のすべてを言っている。それらを考える必要はない。大思想とは、命がけで何ものかを信ずることを言う。そして、そのためだけに生き、そのためだけに死ぬ。その覚悟が肚に据われば、人類の偉大な文化ならすべて、大思想に変換する。大思想とは、信ずる力のことである。自己が、死ぬほど信ずるものを創れば、それが大思想に他ならない。

2021年8月21日

カール・ヒルティ(1833-1909) スイスの法学者・哲学者。大学で法律を学び、弁護士となる。ベルン大学総長、ハーグ国際仲裁裁判所判事などを歴任しながらキリスト教的立場から数多くの倫理的著作を著す。代表作に『幸福論』、『眠られぬ夜のために』等がある。

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