草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • オノレ・ド・バルザック『人間喜劇』(1870年バルザック全集)序文より

    情熱こそは、人間性のすべてである。

    《 La passion est toute l'humanité. 》

  人間性を描き切った文学として、バルザックは人類の頂点に位置している。『ゴリオ爺さん』や『従妹ベット』など、その大作品群はすべて人間心理を穿つ力を有している。そして、その大作品群がまた『人間喜劇』として、一つに収斂する大文学となっているのだ。人間性の本質を、これほど壮大な見地から見ること自体が、バルザックの魔性を表わしているに違いない。描かれた市井の人々の哀歓は、いまも全く古びることがない。そのバルザックが、冒頭の言葉を述べているのだ。
  情熱が、人間性と呼ばれるものを築き上げて来た。人類が営々と築き上げた文明とそれを支える文化は、一人ひとりの人間のもつ情熱によって築かれたのである。そしてまた、それは人々のもつ情熱によってのみ保たれて来た。つまり現人類は、その身の内に潜む情熱の力によって繁栄を得て来たと言ってもいいだろう。我々人類は、情熱の力によって立ち、それを失うときに滅びるという宿命に生きているのだ。いま我々は、理性や科学ですらが、人間のもつ情熱によって創られて来たことを忘れている。
  情熱とは、不合理を苦しみ抜く力である。不可能に挑み続ける意志とも言えよう。愛のために、自らの命を投げ捨てる衝動なのだ。愛という暗黒に向かって、自らを捧げる精神のことだ。決して綺麗事ではない。それは優しさでも親切でも、善行ですらないのだ。自らの生命に、宇宙的真実を引き入れることに尽きよう。自らが真に感ずることを、信ずる力そのものである。その真実に向かって、突進する勇気を言っているのだ。

2021年11月13日

掲載箇所(執行草舟著作):『根源へ』p.251
オノレ・ド・バルザック(1799-1850) フランスの小説家。若くして文学を志し、数々の作品を発表。フランス社会の様々な階層の人物を描いた約90篇の小説を執筆。それらを総称して『人間喜劇』と名付けた。これはリアリズム小説の祖とされ、善悪を包摂した人間社会の普遍的な全体像を描き切ったことで名高い。『ゴリオ爺さん』、『谷間の百合』等。

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