執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。
死よ、お前は死ぬのだ。
《 Death, thou shalt die. 》
ジョン・ダンは、ルネッサンスの時代を生き抜いた英国の詩人である。キリスト教の信仰に生き、その深淵を謳った多くの詩を残した。自分の生きた時代を覆っていた信仰の揺らぎに対して、深い危機感を抱いていた。ヒューマニズムの抬頭である。それが人間社会に及ぼす危険について、早くから警鐘を鳴らしていたひとりと言っていいだろう。特に、人間の死の問題について危惧を募らせていた。中世を通して、人間の死は神の領域だったのだ。
神の懐に抱かれ、永遠の生を授けることだけに人間の死の意味があった。それ以外の死は、人間の死ではなかった。人間の死は、朽ち果てていくだけの動物の死とは違うのだ。人間の死は、生の本質的な希望でもあった。我々の生を支えている宇宙的実存だったのだ。それが、ヒューマニズムの思想によって薄れて来た。人間が自分たちの生を、自分たちで支配するように成って来たと言ったらいいだろう。神から徐々に離れ、人間は自分たちの生を自らの考えで行なうように成って来たのだ。
生が人間の手に移れば、死もまた神から離れざるを得ない。その危惧が、冒頭の言葉となったのである。人間の死が、すでに死んでしまった。永遠に繋がることなく、ただ朽ち果てていくことになった。ダンの嘆きは深い。ダンの憂いが、今の私の魂にまで届いて来る。そして、私もまたその憂いをダンと共にしているのだ。現代の死は、人間の死ではない。それは動物の死と、何ら変わるところがない。我々の死は、朽ち果てることへの恐怖となってしまった。崇高な死は、死んだ。
2021年11月20日
掲載箇所(執行草舟著作):『根源へ』p.347、『現代の考察』p.708