草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • シュテファン・ツヴァイク『マゼラン』より

    マゼランの冒険に、助言できるものはだれ一人いなかった。

    《 Niemand kann Magellan bei seinem Unterfangen beraten. 》

  マゼランは、私に英雄の運命を教えてくれた。英雄のもつ独立不羈の精神と、前人未踏に挑む勇気の根源を垣間見せてくれたのだ。そして何よりも、英雄のもつ悲哀の魂が、いまを生きる私にまで伝わって来たのである。それは、大文学者たるツヴァイクの筆の力に与るところもあったに違いない。しかしその力の多くは、マゼラン自身が帯びる騎士道が生み出した力だと思っている。この本によって、私は「血湧き肉躍る」という言葉のもつ真の意味を知ったことをいまでも覚えている。
  マゼランの冒険とは、不可能に挑戦することであった。当時、世界一周の航海に成功したということは、今日、我々が水星に移住することよりも困難なことだったのだ。それをマゼランは成し遂げた。前人未踏に挑むことの本質を、私は自己に引き寄せることが出来たように思った。前人未踏の不可能というものが、いかなるものかを感じたのである。それは、限りない孤独の中にあった。孤高の中に屹立する魂である。しかしその魂は、世界を併呑するほどに、そそり立っていたのだ。
  マゼランの本質を表わす言葉が、冒頭に掲げた一文となるだろう。この言葉は、私の人生の強力な伴侶となってくれた。私が自己の武士道を貫くことが出来たのは、この言葉に負うところが大きい。私の独立自尊は、この言葉によって支えられた。この世の不合理と、その神秘に突入する覚悟がマゼランの助けによって成された。私の標榜する「ただ独りで生き、ただ独りで死ぬ」という思想は、その淵源をマゼランの冒険に持っている。だから、私はただ独りで立たなければならないのだ。

2021年12月18日

シュテファン・ツヴァイク(1881-1942) オーストリアの小説家。新ロマン主義文学に傾倒したのち文壇デビュー。第一次大戦中は、ロマン・ロラン等の当時の著名人と親交を結びながら反戦活動に参加。叙情詩、戯曲、小説等、多岐に亘り執筆し、なかでも伝記小説は世界中の人々から愛された。『人類の星の時間』、『ジョセフ・フーシェ』等。

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