執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。
自然は科学的に扱わねばならぬ。歴史は詩と成さねばならぬ。
《 Natur soll man wissenschaftlich behandeln.
シュペングラーは、二十世紀の文明にひとつのコペルニクス的転回をもたらした。それは西洋文明の絶対性に疑義を呈し、その没落すら予言したからに他ならない。この思想は、従来の世界観の崩壊を誘発するほどの衝撃を人類に与えたのだ。社会と歴史に切り込むその切っ先は、天才の閃きを確実に持っていた。科学的であり、かつ文学的なその文明論は、私も含め多くの人間の心を捉えたのである。二十世紀の世界観の変化は、間違いなくこの名著によって始まったのだ。
シュペングラーの教養と思索の深さは、後に続く我々に大きな目標を与えてくれた。私も高校生のときに、この名著を熟読研究した思い出がある。その文明論において、シュペングラーが各所に放つ天才性に驚かされる毎日だったことを覚えている。私はその知性に圧倒され、深く傾倒させられていた。その知性の根幹を担う思想を、私はその本に求めた。そして出会った言葉が、座右銘と成った冒頭の言葉なのだ。この思想は、それ以後、私の学問研究の中心に据わった。
この世は、科学的に見なければならない。しかし、人間の営みは文学的に見なければならないのだ。科学と文学の婚姻である。科学だけでも偏りがある。文学だけに流れても必然を失うだろう。科学と文学のせめぎ合いの中から、私は本当の「この世」が生まれるのではないかと思い至った。自己の生命の中で、この二つが核融合を果たさなければならない。それだけの高温・高圧を自己に加え続けることで、自己固有の人生が創られるに違いない。地平線に、希望が湧き上がって来た。
2022年4月16日