草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • ニコライ・ベルジャーエフ『歴史の意味』より

    進歩の理論は、過去と現在を犠牲にして未来を神化するものである。

  ベルジャーエフは、人間のもつ歴史的運命について考察を続けた。その戦いの残滓は、多くの哲学的名著として今に伝えられている。人間の運命を、これほどに哲学化した人物はそうざらにはいない。ベルジャーエフの運命論は、その黙示録的な魅力によって光を放っているのだ。英国の歴史家アーノルド・トインビーによって文明論の基礎を築いた私の脳は、ベルジャーエフの一撃を喰らってコペルニクス的転回を果たしたのである。つまり、未来を予見する勇気を与えられたのだ。
  私の脳髄の革命は、同書の中でベルジャーエフが放つ「人間の歴史的運命にあっては結局いっさいが失敗したのである」という言葉によって発動したのだ。この思想には決定的な衝撃を受けた。人類がこの地上に誕生した運命は、すべて失敗した。私は世界の宗教を研究して薄々はそう感じていた。人間の魂が成し遂げなければならぬ、人間独自の宇宙的使命がある。それに何度も挑戦し、すべて人類は失敗した。その結果生まれたものが、現代民主主義思想と進歩の科学思想だと私は感づいたのだ。
  そうすると、現代のがむしゃらな進歩思想の意味が分かって来る。そして同書にある、冒頭の思想に気付いたのだ。我々人類を滅ぼしかねない今の科学文明を支える根本哲理は、眼の前の不安から逃避しようとする意識に違いない。過去を捨て、現在の享楽に逃げ、すべての「希望」を未来へ先送りする考え方だ。確かに、それが現代の無限経済成長思想である。私は自己の歴史哲学をもって、未来を予見する勇気をもった。この現代と戦うのが私の歴史的使命を創る。その確信を冒頭の思想によって私は得たのである。

2022年4月30日

ニコライ・ベルジャーエフ(1874-1948) ロシアの哲学者。学生時代にマルクス主義に接し、革命運動に参加。大学からの追放や流刑などを経て、次第に宗教哲学に傾倒していく。革命後はモスクワ大学の哲学教授に任ぜられたが革命政府と思想的に折り合わず、国外追放となる。パリに亡命後、「哲学宗教ロシア学院」を創設し、思索活動を続ける。著書に『ドストエフスキーの世界観』、『現代における人間の運命』等がある。

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