草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • ウォルト・ホイットマン『草の葉』(おゝ船長わが船長)より

    われわれの恐ろしい旅は終わった。

    《 Our fearful trip is done. 》

  大統領リンカーンの死を悼んで、この詩は作られた。その一節が冒頭の言葉である。詩集『草の葉』の中でも、特に愛誦する詩の一節だ。私はこの詩集を、深く愛していた。そこには自由の香りが匂い立っていたからに他ならない。若いアメリカが生み出す、真の男らしさの薫りが煙(けぶ)っていた。腐り果てた古い政治に支配されていた日本やヨーロッパには無い、爽々しさが溢れていたのだ。人間として生まれたならば、十九世紀のアメリカほど美しい国はないと思うに違いない。
  すべての人が、恐ろしい人生の旅を歩んでいた。すべての人が、自己責任だけで生きていた。すべての人が、自由の本当の美しさと辛さを知っていたのだ。自由な人生を願う者は、自分の力で戦わなければならない。その地上に現出した歴史的奇跡が、開拓期のアメリカなのだ。その精神が、詩集の中をところ狭しと舞っている。美しいものとは、辛いものなのだ。崇高なこととは、恐ろしいことを意味している。そういう人生を、多くの人たちが生きたのがアメリカだった。
  私は自分の人生を、恐ろしい旅にしたいと考えていた。自己固有の自由の中を、駆け抜けたいと思っていたのだ。何よりも気を付けなければならないのは、自己の安楽である。ぬるま湯と幸福は、自己の人生を破滅させるだろう。私にはそのことが分かっていた。あのリンカーンのように、信念の中を生き抜こうと決意していた。そして、リンカーンのように運命によって死にたいと考えていた。そのような人生を、恐ろしい旅と呼ぶのである。しかし、その恐ろしい旅が、真の自由と真の希望を私に与えてくれることを感じたのだ。

2022年5月14日

ウォルト・ホイットマン(1819-1892) アメリカの詩人。多くの職業を経験したのち、詩集『草の葉』を出版。その伝統と全く異なる奔放な詩形は後世の詩人たちに大きな影響を及ぼした。『草の葉』は死ぬまで増補・改訂が加えられた代表作となる。ほか『民主主義の展望』等。

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