執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。
われわれの恐ろしい旅は終わった。
《 Our fearful trip is done. 》
大統領リンカーンの死を悼んで、この詩は作られた。その一節が冒頭の言葉である。詩集『草の葉』の中でも、特に愛誦する詩の一節だ。私はこの詩集を、深く愛していた。そこには自由の香りが匂い立っていたからに他ならない。若いアメリカが生み出す、真の男らしさの薫りが煙(けぶ)っていた。腐り果てた古い政治に支配されていた日本やヨーロッパには無い、爽々しさが溢れていたのだ。人間として生まれたならば、十九世紀のアメリカほど美しい国はないと思うに違いない。
すべての人が、恐ろしい人生の旅を歩んでいた。すべての人が、自己責任だけで生きていた。すべての人が、自由の本当の美しさと辛さを知っていたのだ。自由な人生を願う者は、自分の力で戦わなければならない。その地上に現出した歴史的奇跡が、開拓期のアメリカなのだ。その精神が、詩集の中をところ狭しと舞っている。美しいものとは、辛いものなのだ。崇高なこととは、恐ろしいことを意味している。そういう人生を、多くの人たちが生きたのがアメリカだった。
私は自分の人生を、恐ろしい旅にしたいと考えていた。自己固有の自由の中を、駆け抜けたいと思っていたのだ。何よりも気を付けなければならないのは、自己の安楽である。ぬるま湯と幸福は、自己の人生を破滅させるだろう。私にはそのことが分かっていた。あのリンカーンのように、信念の中を生き抜こうと決意していた。そして、リンカーンのように運命によって死にたいと考えていた。そのような人生を、恐ろしい旅と呼ぶのである。しかし、その恐ろしい旅が、真の自由と真の希望を私に与えてくれることを感じたのだ。
2022年5月14日