草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • アルベルト・シュヴァイツァー『我が生涯と思想』より

    他者の生を、自己の生のなかに体験するのである。

    《 Er erlebt das andere Leben in dem seinen. 》

  シュヴァイツァーは、「密林の聖者」として多くの人びとに知られている。ドイツの医師にして音楽家、そして何よりもアフリカの医療のために生涯を捧げた人物として名高い。人道支援という言葉を世界に定着させた人生だったのではないか。私も早くからその名を知ってはいた。しかし私がシュヴァイツァーと深く係わるようになったのは、その「音楽論」を知ってからなのだ。私の抱く、特にオルガン音楽に対する考え方を創り上げてくれた人物と言ってもいいだろう。
  シュヴァイツァーの本質は、その音楽論の中にある。そこにはこの人物の人間燃焼の故郷が語られている。生命の炎とは何か。キリスト教の本源には何があるのか。そして、人間の本当の生を支えるものについての考察である。マルチン・ブーバーの言う「我と汝」の思想こそが、シュヴァイツァーを立たしめていた。すべての生きとし生けるものとの間に、我と汝の関係を築き上げていたのだ。それは自己の生命と対面し続けることによってのみ、可能となる生き方と言っていい。
  他者を学び、他者を参考とする者は、自己固有の本当の生を味わうことは出来ないだろう。他者と合一し、他者の中に自己を溶融する必要がある。そして何よりも、自己の中に他者を本当に迎え入れることが大切なのだ。すべてのものに対して、我と汝の関係を築き上げるのである。「体験」が大切なのだ。本当の自己は、自己のない自己だ。他者の生を生きる自己の中に、本当の自己が創られる。溶融とは、一体となることを表わす。他者に振り回されるのではない。他者と一体の生を生きるのである。

2022年8月13日

アルベルト・シュヴァイツァー(1875-1965) フランスの神学者・音楽家・哲学者・医師。大学では神学と哲学を学び、その傍らで音楽に関わり、バッハの研究から宗教的な思索や独自の生命観を得ていった。のち布教活動のために医師となり、フランス領の赤道アフリカに渡り現地で伝道と医療に従事した。著書に『文化哲学』、『イエス伝研究史』、『バッハ』等がある。

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