草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • ルネ・ジラール『文化の起源――人類と十字架』(本書についてのアメリカでの英語による講演)より

    したがって、福音書は我々の歴史に幸福な結末を与えるものではない。

    《 Consequently, the Gospel does not provide a happy ending to our history. 》

  現代人は神を失って久しい。神を失ったために、宗教の本質もまた失ってしまった。宗教は人類を創り上げた「実在」である。我々人類は、祖先と親を失ってしまったのだ。二十世紀に至って、我々は全世界的に宗教を失った。まだ残っている地域も、失うのは時間の問題と化している。我々は人類に与えられた宇宙的使命を喪失したのだ。宗教心を失うとは、そういうことに尽きる。我々人類は、なぜ人類となったのか。そして何を為して、何処へ行くのか。それを失った。
  宗教とその神は、我々に人間の使命を命じていた。しかし我々は、自己の幸福と安楽を求め続ける文明に突入してしまった。そのために、我々は「親」を殺した。そして、宗教の中に存在した都合の良い部分だけを残したのだ。それが自由、平等、博愛であり、また幸福と生き甲斐の考え方と言える。それらの考え方は、神の監視の下でのみ、その本当の価値を見出せるものだった。神がなければ、それらの現代的価値は我々のエゴイズムしか助長しないのだ。
  ルネ・ジラールは、この人類的課題を生涯に亘って思索し続けた。そして冒頭の言葉を述べたのである。この思想は、ジラールの中心を貫くものだ。キリスト教はヨーロッパを創った。そして全世界の民主主義と科学思想の基礎を築き支え続けた宗教である。その『福音書』が、我々に幸福をもたらすためのものではないと言っている。現代人は宗教を「幸福への道」と考えている。そこに現代的傲慢があるのだ。宗教、特にキリスト教は、人類に人間の使命を与えるためにある。使命を果たし、「最後の審判」に臨むことを求めているのだ。

2022年9月10日

ルネ・ジラール(1923-2015) フランス出身の文芸批評家。若い頃にアメリカに移住し、複数の大学でフランス語学、文学、文明学などを教える。模倣(ミメーシス)の理論や暴力・宗教の理論などの考察で有名。『欲望の現象学』、『暴力と聖なるもの』等。

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