草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • 田辺元『田辺元・唐木順三 往復書簡』より

    (ただ)々、心静かに運命を愛することを心がけています。

  田辺元は、西田幾多郎と並び、私が最も尊敬する日本の哲学者のひとりである。その哲学は、西田の学統を継ぎ、西洋の論理で日本の魂を摑むことに費やされていた。難解で美しい論理がその紙幅を覆い尽くしていると言っていい。筑摩書房から刊行された全十五巻の全集は、私の長い読書人生においても、最も激しい苦行を私の肉体と頭脳に強いた。七十歳を超えて、命がけでその読破を試み、死に体でやっと読了したのだ。その後遺症は、その後、長く私の生活を苦しめることとなった。
  それほどに、その美しい「論理」には魅力があるのだ。特に、田辺が確立した「種の論理」という日本独自の哲学は、私の思想を支える根底ともなってくれた。まさに、我が魂の恩人と呼べよう。とにかく論理が美しい。死ぬほどに美しいので、死ぬほどの覚悟をもって読んだのだ。その哲学は、田辺が七十七歳で没するまで、まさに青春を思索していた。論理と青春が合体した哲学と言っていいだろう。その人物の死ぬ直前の最後の言葉が、この言葉なのだ。三十年以上に亘る唐木順三との書簡の最後を飾るものだ。
  この「日本人の論理」の頂点を極めた人物が、死を前にして、運命を愛することだけを心がけていたのだ。運命を愛するとは、もちろん武士道の根底を支える中枢である。それを、この大論理家が書いた。私は涙なくして、これを読むことは出来なかった。そして、あの膨大な論理哲学が、武士道的美学によって支えられて来たことを強く実感した。私が田辺哲学を愛して来た歴史のすべてが氷解した。

2022年11月5日

田辺元(1885-1962) 日本の哲学者。西田幾多郎とともに京都学派を代表する思想家。京都大学名誉教授。数学ならびに物理学に終生関心強く、東北帝国大学理学部講師も勤めたが、文理融合した独自の哲学を築く。著書に『最近の自然科学』、『科学概論』、『懺悔道としての哲学』等。

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