草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • エーリッヒ・ケストナー「政治風刺詩」より

    人生は、いつだって命がけだ。

    《 Leben ist immer lebensgefährlich. 》

  ケストナーは、私の最も愛する文学者のひとりだった。ケストナーのもつ洒脱の精神は、いつでも私の憧れを昂らせてくれた。それは小学校三年生のときに、『空想男爵の冒険』という本を読んだことに始まった。そこに閉じ込められている「笑い」の精神は、人間の心に爽々しい風を吹き込まずにはいないだろう。常に男らしい足取りをもって、その人生に立ち向かっていた。その男らしさが、ケストナーの芸術を支えていたに違いない。私はケストナーの中に、武士道を感じていたのだ。
  冒頭の言葉に出会ったとき、ケストナーの生命が私の魂に溶け込んで来た。ケストナーの魅力が、私の肚に落ちたのだ。人生にはあらゆることがある。善いことも悪いことも、交互に来るだろう。しかし一つだけ言えることは、そのすべてが自分の運命であるということなのだ。その運命に命がけで向かった者だけが、自分の人生を摑むことが出来る。生き方とは、それ以外には決してない。善い生き方、悪い生き方、賢い生き方、馬鹿な生き方。どれも間違っている。
  生き方とは、命がけの体当たりしかないのだ。それ以外は、すべて嘘である。人生とは、その結果がいかなるものであれ、命がけの燃焼にだけ価値がある。自分の人生に起こることのすべてを愛すること。それだけが体当たりの人生を生み出す秘訣なのだ。つまり、自己の運命を抱き締めるということに尽きる。自己の運命が、自分の生まれて来たいわれである。それ以外に自分の存在理由はない。自己の運命に体当たりをしなければならない。いま私の運命の中を、爽々しい風が吹き抜けて行く。

2022年11月12日

エーリッヒ・ケストナー(1899-1974) ドイツの詩人・小説家。第一次大戦に従軍後、大学で文学、哲学、歴史を学びながら執筆活動を続ける。ナチスの弾圧により出版活動が禁止された時期を乗り越え、風刺詩や少年小説で大きな業績を残した。代表作に『ファービアン』、『エーミールと探偵たち』等がある。

ページトップへ