草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • ダンテ『神曲(地獄篇)』より

    地獄には、地獄の名誉がある。

    《 Né lo profondo inferno li riceve, ch'alcuna gloria i rei avrebber d'elli. 》 (深き地獄も受け入れぬものがある、なぜなら地獄には地獄の名誉があるからだ。)

 『神曲』は、私の魂を俯瞰している。中学生のとき、私はそう思った。天から降り注ぐ、ダンテの視線を感じていた。ダンテの生き方の中に、私は自己の生存の原点を見出していた。そしてダンテの死に様の中に、私は自己の終末を感じてもいたのだ。中世の終焉を生きたダンテの悲痛が、私の心に突き刺さった。まだ見えぬ近代を信ずる、ダンテの悲哀を私は受け取っていた。希望とは、悲しみなのだ。そうダンテは、私に語りかけてくれた。
 無頼と反抗に生きていた私にとって、ダンテは神の代理人だった。『神曲』の中に、私は神の言葉を感じていたに違いない。神の沈黙の苦痛を、ダンテこそが癒してくれたのではないか。高潔と呼ばれる、人間のもつ最高の魂をダンテはもっていた。人間のもつ暗黒を溢れるほどにもっていたが、それを凌駕するほどの崇高をその身の内に抱えていたのだ。矛盾と不合理が、ダンテの生命を立たしめていた。そして、ダンテはそれらの暗黒を天に向かって昇華し尽くしたのだ。
 ダンテの言葉が、私の暗黒を救ってくれた。暗黒を暗黒のままに、崇高に転ずる思想を私に伝授してくれたように思う。『神曲』のもつ重力が、私のもつ暗黒を圧延したのだ。それは一振りの剣と化して、私に与えられた。それが本当の神剣というものだったのだろう。地獄には、地獄の名誉がある。我々の人生は、地獄かもしれない。しかし、我々は自己の名誉さえ捨てなければ、人間であり続けることが出来るのだ。永遠に向かうことが出来るのである。

2019年10月12日

掲載箇所(執行草舟著作):『根源へ』p.105、『夏日烈烈』p.299、『生命の理念Ⅱ』p.44、『憂国の芸術』p.97
ダンテ・アリギエリ(1265-1321) イタリアの詩人。ルネサンス文学の先駆者として知られる。政治家時代に政敵に犯罪の汚名を着せられ、亡命と放浪の生活をしながら執筆活動を続けた。代表作に『神曲』、『新王』、『饗宴』等がある。

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