草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • ゲオルグ・フリードリッヒ・ヘーゲル『精神現象学』より

    精神の生とは、死を(いと)い世の()(だく)から身を守る生ではなく、
    死に耐え死の真っ只中に自らをよく保つ生である。

    《 Nicht das Leben, das sich vor dem Tode scheut und von der Verwuestung rein bewahrt,
    sondern das ihn ertraegt und in ihm sich erhaelt, ist das Leben des Geistes. 》

 私は、自己の武士道を確立することに青春のすべてを懸けていた。自己の存在を超越した、善悪の彼岸に実存する『葉隠』の魂を摑みたかったのだ。そのために、私は世界のあらゆる哲学と文学を貪り読んだ。そして、私に「絶対」の思想を与えてくれたのがヘーゲルなのだ。私の葉隠は、ヘーゲルの『精神現象学』によって根底の哲学を与えられた。それは十七歳の夏だった。絶対精神を構築した哲学が、私の武士道を理論化した。その理論が、後に私の「絶対負」の哲学を生み出す基盤と成ったのである。
 人間の精神について、これほどに壮大な理論大系を私は知らない。精神を哲学化したことに、私はヘーゲルの怪物性を感じていた。ヘーゲルとの出会いがなければ、私の武士道が現実社会に展開されることはなかったように思う。ヘーゲルの力が、目に見えぬものを、目に見える形に変容させたのである。ヘーゲルによって、葉隠がこの世で息を吹き返したのだ。『精神現象学』に慟哭し、その『美学』に震え、そして『大論理学』に打ちのめされた。ヘーゲルの武士道が行間に滲んでいたのだ。
 私の精神は打ち砕かれ、死に体に成った。その硝煙の中から、再び『葉隠』が思想として復活したのである。私の中で、葉隠の「死に狂い」と「忍ぶ恋」そして「未完の生」が、ひとつの生命科学として立ち上がったのだ。その始まりと成った思想が、この冒頭の言葉なのだ。精神が生きるには、死と共に生きなければならない。そうヘーゲルは初めに私に語りかけてくれたのだ。この言葉によって、ヘーゲルの哲学は私の中で武士道の哲学と成った。この言葉によって、ヘーゲルの論理が壮大なる叙事詩と化したのだ。

2020年1月6日

掲載箇所(執行草舟著作):『おゝポポイ!』p.436
ゲオルグ・フリードリッヒ・ヘーゲル(1770-1831) ドイツの哲学者。国内の神学校に学び、のちベルリン大学教授。自然・歴史・精神の世界を、矛盾を抱えながら絶えず変化していく弁証法的発展の過程として捉えた。ドイツ観念論を体系的に完成した。代表作に『精神現象学』、『論理学』等がある。

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