草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • 上田秋成『雨月物語』「菊花の約」より

    みづから(やいば)に伏し、今夜(こよひ)陰風(かぜ)に乗りて
    はるばる来り菊花(きっか)(ちぎり)()く。

 「菊花の約」とは、士の本来を問う物語である。いったん交わした約束は、死んでも守るものだということを表わしている。それを断行した二人の武士の友情の言葉なのだ。美しい響きがある。美しい情景には美しく高貴な言葉がよく似合う。武士同士の信頼を乗せて、菊花の約は現代を穿っている。信頼に今も昔もない。九月九日重陽の節句に再会を約した男が、死んでその約束を果たすのだ。それを知った一方の男は、自分も命を懸けてそれに応える。
 人間存在の原点が問われている。人間とは何かということに尽きる。愛の根源である。それが、ここでは武士の友情として描かれているのだ。不可抗力によって、約束の日に行けなくなった男は、自ら命を絶ち、霊魂となって約束の場所へ行く。それを感ずることが出来る男が、またそれを待っていたのだ。命と命が本当に触れ合っている。二つの生命が、人間としての本当の運命を摑み取っているのである。本当の運命を、命を懸けて創り上げているのだ。
 私は、この物語を心の底から愛する。そして「菊花の約」という言葉を、死ぬほど大切にしている。私はこの言葉を、自己の人生の根源に据えているのだ。菊花の約を断行するために生きようと思っている。そして、そのゆえに死のうと願っているのだ。私の妻は、二十七歳で死んだ。その死を、私は菊花の約だと思っている。私との未来の約束を果たすために、妻は死んだと考えている。私のこれから来る死は、その約束を果たすためにだけある。

2020年2月22日

上田秋成(1734-1809) 江戸後期の読み本作者・国学者。俳諧、国学、和歌などを広く学び、浮世草子を書いて読み本を確立。怪談の形式で異界を描き、人間の本性を描き出した『雨月物語』で有名。万葉集や音韻学にも通じ、本居宣長とも交流があった。

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