草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • ジャック・デリダ『死を与える』より

    死の気遣いにおいてのみ、魂は我れに返る。

    《 L’âme ne reirent à ell-même …que dans le souci de la mort. 》

 私の青春は、一つの使命を担っていた。それは、『葉隠』の武士道を分解し、現代社会に対して再構築する苦悩とその立論だった。私の中では、武士道はその思想を「原子」の段階まで分解されていた。武士道の原子は、私に強力な人生観を与えてくれていた。原子とは、武士道を創り上げた、個々の事実と現象の淵源を言う。しかし、その原子の核分裂を私は必要としていたのだ。分裂した原子の、その核融合による新しい思想を願っていた。つまり、自己の生存の超越である。
 そのような時に、最も強く私を応援してくれた思想が、ジャック・デリダだった。その西洋哲学の脱構築の力を、私は『葉隠』の核融合に使ったのだ。『〈幾何学の起源〉序説』と『エクリチュールと差異』を貪るように読んだ。デリダは、西洋の哲学と科学をすべて脱構築していた。その力は恐るべきものがある。その力によって、私は自己の武士道の脱構築を断行していったのだ。私の武士道は、それによって現代社会の中で甦ったのである。武士道が、現代の思想と成った。
 私は、デリダによってこの世に復活したと言ってもいい。そしてしばらく後、四十歳を越えた頃にデリダ晩年の傑作『死を与える』を読んだのだ。私は驚愕した。そこには、『葉隠』の武士道が書かれていたのだ。デリダは、私の知らないうちに武士道に到達していた。西洋哲学をすべて脱構築した結果、自己の武士道を確立していた。私と全く順逆の道を辿ったと言えよう。私は自己の思想の幸運を噛み締めていた。冒頭の文は、デリダの葉隠である。私は人類の魂を思って、ただ哭いた。

2020年3月23日

ジャック・デリダ(1930-2004) フランスの哲学者。構造主義の方法を哲学に導入し、「脱構築」という概念を提唱。言語の上に組み立てられた論理学を再検討した。代表作に『エクリチュールと差異』、『グラマトロジーについて』等がある。

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