草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • アーネスト・ヘミングウェイ『老人と海』より

    彼は決意にみなぎっていたが、ほとんど希望は持っていなかった。

    《 He was full of resolution but he had little hope. 》

  その老人は、サンチャゴという漁師だった。私は若き日より、このサンチャゴのことが大好きだったのだ。『老人と海』は、何度読んだか分からない。読むたびに、私は自己の人間存在の根底を揺さぶられる思いがしていた。男らしさの中に、無限の優しさを秘めているように感ずる。激情を支える科学的精神には震えるものがある。そして何よりも、宇宙の中心から直に勇気を注ぎ込まれている。その魚との戦いの中に、人間の人生がすべて表わされているのだ。
  冒頭の言葉は、その老人の人生を表わしている。勇気を持ち、決然と自己の漁師としての人生に挑んでいる。しかしそれは、我々が思うような希望に支えられているのではない。もっと深い、もっと美しい、もっと悲しいものに支えられているのだ。私はそれを「運命への愛」だと感じた。これが本当の運命を抱き締めた人間の姿だと思った。自己の運命に対する誇りというものかもしれない。現実と戦い続けた人間のもつ、真の生命が摑み取るものに違いない。
  それが、この老人にはある。この人物は、何かの希望によって動くのではない。運命が、この人物を動かしているのである。このような運命が、人間に与えられた本当の運命なのだ。自分に与えられた運命を見つめ、その誇りのためにこそ立つ。それが愛の本質ではないかと私は思う。目的など無いのだ。そんなものは、どうでもいい。そう生きる生き方が大切なのではないか。運命に殉ずるのは、そう簡単ではない。そのための過程こそを、我々は鍛練と呼んでいるのだ。

2020年8月24日

アーネスト・ヘミングウェイ(1899-1961) アメリカの小説家。第一次大戦に従軍後、新聞記者としてパリに赴任、傍らで作家活動を開始する。死と隣り合わせの現実に直面した人間の勇気を、ハードボイルドな文体を駆使して描いた。代表作に『誰がために鐘は鳴る』、『老人と海』等がある。

ページトップへ