草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • マックス・ピカート『沈黙の世界』より

    正しい言葉とは、沈黙の反響に他ならない。

    《 Wort ist nichts anderes als die Resonanz des Schweigens. 》

  沈黙とは、人間の内部を言う。それは外部を支える土台であり、暗く重く固く強いものである。我々の内臓に巣食う、我々の淵源なのだ。我々の骨髄の奥深くに潜む、原始の息吹でもある。そして我々の宿命であり、今日を創って来た運命の総体のことなのだ。自らが声に出した、その音の故郷を言っている。動きの中に潜む、我々の人生の経験なのだ。それらのものすべてを、沈黙と言う。我々の人生を決定するのは、その目に見えない沈黙なのだ。
  長い沈黙だけが、人間に真の力を与える。沈黙の中で、苦悩し呻吟して来たことだけが他者に伝わるのだ。沈黙の中で培われたものが、人生を切り拓いていく。冒頭の言葉は、言葉のもつ力の本質を語っている。言葉とは、本当は言葉ではないのだ。それは人間の雄叫びであり、人生の深淵が創り出す祭典とも言えよう。人間の外面は、すべてが祭典なのだ。その祭典に意味を付けるものこそが、沈黙と呼ばれるものに他ならない。沈黙がなければ、人生はない。
  自らの言葉に力のない者は、自らの人生に沈黙がないのだ。言葉の訓練などは無駄にしかならない。人間としての沈黙を積み重ねることが大切なこととなる。人間の内部に潜む沈黙は、この世界に対して電磁的反響として作用する。人間は、実は何もする必要はないのだ。沈黙さえあれば、その反響は世界に向かって放たれる。現在だけではない。過去にも、そして未来にもその反響は及んでいく。それは一つの電磁エネルギーとして、人間存在のすべてを覆っていく。

2020年9月21日

マックス・ピカート(1888-1965) ドイツの哲学者・医師。大学で医学を修め、医者としてミュンヘンで開業。のち職を辞してスイスに移住、イタリアに接するティチーノ州のルガーノ湖畔に移住し、著述活動を始めた。著書に『沈黙の世界』、『神よりの逃走』等がある。

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