執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。
「天」は一匹の蛇の
私の愛読書の一つに、ポール・ヴァレリーの『若きパルク』がある。それは私の若き日の血潮を、最も吸引した哲学詩だった。私の生の慟哭を、情容赦なく見据えていたのだ。青春の呻吟が、そこにある「地獄の女神」の眼差しを受け続けていた。難解をもって知られるその長編詩に、私の生命が打ち勝つ日が来た。その引き金が、冒頭のコルネイユの言葉なのだ。これはヴァレリーが、『若きパルク』の劈頭に掲げていた言葉だった。この暗示を考え続けることによって、私はパルクを摑んだのである。
人間は、自己自身の生命の尊厳を本当に知っているのか。それを知る者は、ほとんどいない。私も、もちろんすべてを知る者ではないが、少なくとも知る努力を続けているのだ。一匹の蛇とは、我々の生命の本源を司る宇宙エネルギーのことである。クンダリニーとも言われている。それが、我々の肉体に棲んでいるのだ。その宇宙的な運命を知らなければならない。クンダリニーには、宇宙の神秘がすべて凝縮している。それが、我々の生命の根源を創っている。
我々の運命は、宇宙のすべてを知り尽くしている。我々は宇宙の一部であり、宇宙は我々の運命のまた一部なのだ。そして我々がこの世を生きるその運命は、すべて宇宙的使命によってすでに組み上げられている。それは、悠久の過去から永劫の未来に向かって、寸分も狂わずに作動している。その奇蹟が、この世を創っているのだ。その奇蹟の中を、我々は生きている。それが分かったとき、我々は自己の生命の尊厳を知る。そして、生命のもつ青春の雄叫びを抱き締めるのである。
2020年10月19日