草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • ポール・ヴァレリー『テスト氏』(テスト氏と劇場)より

    発見など何ものでもない。むずかしいのは、
    発見したものを己れの血肉と化することである。

    《 Trouver n’est rien. Le difficile est de s’ajouter ce qu’on trouve. 》

  ポール・ヴァレリーの魅力は、その頭脳の類希な明晰性にある。そしてまた、その明晰を支える情念の厚みに存するのだ。明晰を代表する一つが、『テスト氏』だろう。情念は『若きパルク』と言ったところか。どちらにしても、私の武士道の思想を支えている根幹の文学と言えよう。私の武士道は、ヴァレリーへの親近感によってその豊饒を味わっているように感じている。ヴァレリーの学問とその芸術は、中世からの強力な「騎士道」が貫徹しているに違いない。
  それを表わす思想が、この冒頭の言葉である。この思想によって、ヴァレリーの人生が私のそれと二重写しになるのだ。私は、この思想こそが、現代から最も失われてしまった考え方だと感じている。騎士道や武士道のような生きるための美学は、知識を知ってから死ぬまでがすべて修行となる。自己の血肉に化していないものを、知識としては認めないのだ。私はそのような文化の中で生きて来た。ヴァレリーも、そうに違いない。それが冒頭の言葉だ。ヴァレリーの呻吟が見える。
  同じ作品の中で、ヴァレリーはまた「瞑想にふける人など、いなくなってしまった」と言っている。瞑想の人生こそが、知識を血肉と化する生活なのだ。本当に、発見などは何ほどのこともない。発見など子供の方がずっと得意だ。人生とは、それを自己の運命と化することなのだ。苦悩し、呻吟し、哭き叫ぶことである。それは、知識と生命が融合するための奔流とも言える。震動に苛まれることによって、本当の自己の運命がたぐり寄せられるのだ。

2020年11月21日

掲載箇所(執行草舟著作):『現代の考察』p.452
ポール・ヴァレリー(1871-1945) フランスの詩人・批評家。マラルメに師事し、人間精神の極限を独自の理論によって探究。『若きパルク』を発表し、象徴主義の最後を飾る大詩人と評された。文学、哲学、政治など多岐にわたる評論活動でも知られる。ほか『精神の危機』、『海辺の墓地』等

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