草舟座右銘

執行草舟が愛する偉人たちの言葉を「草舟座右銘」とし、一つひとつの言葉との出会い、想い、情緒を、書き下ろします。いままで著作のなかで触れた言葉もありますが、改めて各偉人に対して感じることや、その言葉をどのように精神的支柱としてきたか、草舟が定期的にみなさまへご紹介します。ウェブサイトで初めて公開する座右銘も登場します。

  • ロマン・ロラン『ジャン・クリストフ』より

    英雄とは、自分に出来ることをする人間のことだ。

    《 Un héros, c’est celui qui fait ce qu’il peut. 》

  ロマン・ロランに、私は多くのことを学んで来た。その『ベートーヴェンの生涯』は、私の音楽観に決定的な影響を及ぼした。そのままベートーヴェンは、私の青春のすべてを創り上げていくことになったのだ。その出発がロランだった。小学校の四年でそれを読み、続けて五年のとき、この『ジャン・クリストフ』を読んだのだ。この文学は、参った。私の読んだ小説の中で、一番面白かったものかもしれない。小・中・高・大学と、青春のすべてを通してむことを知らずに繰り返し読んだのである。
  自己の憧れに向かって、あらゆる困難を乗り越えて生きる主人公に、私の血は湧き肉が躍った。これほどに躍動感のある文学は、そう多くあるものではない。主人公の人間性に、惚れない人間はこの世にいないだろう。もちろん、私も惚れた。惚れて惚れて惚れ抜いた。そして、私はそのように生きようと思った。そのためには、私の武士道の中に、そのすべての精神を鎮め込む必要があった。私の青春は、その作業に多くを費やしたのだ。ジャン・クリストフは、私の武士道の中核を占めている。
  冒頭の言葉は、その中心思想である。英雄とは、自己の生命を存分に使い切った人間という意味で使っている。自己の生命を本当に使い切る、その生き方が私の武士道を確立したのだ。いつ死んでもいい人生こそが、私の武士道となった。そして自己に与えられた運命に、体当たりを喰らわす。砕け散るまで、体当たりを断行する。その結果、生まれて来るものが、また新たなる自己の運命を創る。死ぬまで、それを繰り返す。それが自分に与えられた宇宙的使命を引き寄せることを、私はこの文学に学んだ。

2021年1月25日

ロマン・ロラン(1866-1944) フランスの小説家・劇作家・思想家。高等師範学校で歴史学を専攻し、パリ大学で教える。自身の信念と理想に基づき『ベートーヴェンの生涯』や『ジャン・クリストフ』を著し、世界的な名声を得た。反戦運動を推進したことでも知られる。ほか『魅せられたる魂』等。

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